認知の内外

私は、私なのですが、それを揺るがされているのが唐鵙である私です。自我機能の障害と分かって以降、あれもそれも自我機能の障害だったのか、と気が付かされる事ばかりです。 自分の中に別の人物がいる事は、私にとっての当たり前でした...

働く前に思う事

さて、色々とある事無い事書き散らしている私達です。こんにちは。今日も皆さんお疲れ様です。人間をやるのも楽ではないですよね。しかしながら、ものを書いたり、なにかしようと思う意欲はどうにも自由にならないものですね。特に今日な...

幸せだと思う事

今回は、私達が生きていて良かったと思う事について書きましょう。何気ない事ですが、それが積み重なって今になります。希望に溢れた明日がまたやって来ると思えば、今ここで生きている事にも意味が付こうというモノ。 まず、好きな音楽...

退院の為にしていた事

入院中、そういえばスムーズに退院まで漕ぎ着ける事ができた私ですが、その為に何をしていたかでも書いてみましょうか。 私は記録癖がありますので、自分の状態も書き記していました。 担当医の往診の際には、自分で近日の様子を書いた...

雑記

今日も一日良く生きました。 日々移り変わる己にも別れを告げて、また会いましょうと手を振る。明日の我が身は別のモノ。 そうやっている事に何の意味が在るでしょう。長い歴史の中では、己の生など、とるに足らない微々たる歴史です。...

記録を兼ねています

さて、こうも平坦な日常を続けていると、記憶が曖昧になってしまうようです。でも、だからこそのこのブログです。私が何故ブログにしようと思ったのか思い返すとしましょうかね。 まず、このブログは最初、見えない誰かから始めろと言わ...

交代人格

今はもう統合されていますが、私には多くの交代人格がいました。それこそ十、二十程いたと思います。 彼らは皆気の良い人たちで、私の入院生活をサポートしてくれました。今思えば、直視したくない入院生活から私の心を守ってくれようと...