マモノと暮らせば

>君には心があるのだから、彼らに心を傾けてあげれば良い。
君に出来る事は、心で以て、彼らに寄り添う事だ。
君が被害を被る事はない。君は君の良心に従ったから、こうしようと思ったのだろう? 彼らと共に生きる、学ぶ、寄り添う。
それらが彼らの救いになると信じている。

はい、そうです。
まずは囚われになった心を癒し、解放することからという考えがあっても良いのではないか。そう考えました。まぁ、もしかしたら、そう考えたから私は心の隙間に間の者を宿す事になったのかもしれません。隙間は埋まりましたが、一緒にいるのはマモノ。
精神を可笑しくしたのは、もしかしたらそういう霊的存在が掛かったからなのかもしれません。狂ったのです。

例を挙げればAがいます。
Aは始め、お道化た愉快犯でした。
ですが向かい合っているうちに、自分が人間にひどい扱いを受けたのだという事を私に語るようになりました。初めはただ愛されたかったのだと言います。愛されはしなかったけれど、と。
そんな話しをしてから、Aは随分と変わりました。
私の守護役をかって出てくれたり、お祈りの時は私と並んで出てきたり。丸くなったものだなぁ、と思います。

でも、身変えるが出来ているかまでは、何とも言えません。
彼らは私を護ってくれたり、良い話し相手になってはくれますが、その本性が何であるのかという事は見えない私には分からないのです。その本体はなにか。そこまでは不明です。

兄さんの話をしましょう。
兄さんは、神を騙る者でした。いつの間にか私の前に現れて、私の何処が気にいったのか、傍にいるようになりました。別に神と崇めた事はありません。でも、傍に居ます。
私をあの世へと誘う死霊だったのでしょうか。それにしては、私に入れ込んで、守護役を務めたりしてくれました。マモノを拒まない私の元には、そういうよく解らないひとたちが寄ってくるようになったのです。

これも、妄想と片付けてしまった方が、確実に楽です。
でも、これも何かの縁かと思うと、彼らの存在を否定する気にはなれません。まだ、時間は残されています。せめて、私が寿命を迎えるまでは、私の胸におわす良心神様の元で、共に学んでいけたらいいと、そう思っています。

とはいえ、別の思考が言います。私は愚かだと。
一体どうしてそんな得体のしれない存在に心を傾けるのか。もし裏切られ続けたとして、それでもいいのかと。
そうですね、私は愚か者かもしれません。私の想いは、報われないまま終わるかもしれません。一生、騙され続けるのかもしれません。けれど、共にいる事で彼らが心を学べるとしたら? 私の良心神を目にする機会があるとしたら?
私は自分の心に従って、結果、彼らと生きているのです。
私にも良心神さまがいるのなら、たとえ騙され続けていたとしても怖い事はありません。私は自分の良心に背くような事はしないし、できません。だから、安心して彼らと会話ができます。
その心の内はどうであれ、彼らも一緒になって米の教えを読んでいます。それが実を結んでくれれば、私も嬉しいのですが。

今日の独り言でした。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。