どうするかは彼ら次第

それにしても。この世の建て替えがある事や、創造主様の存在、良心神様の存在などについて、自分の寿命まで幾らも時間が有る内に知る事ができたのは僥倖でしたでしょう。

とはいっても、タイムリミットについては、まぁ、何時かまでは私も知りません。でも、死んだ後に肉体を脱いでより上の次元に旅立つ訳なので、一人一人の期限は自分の死ぬまでの時間となるのではないでしょうか? 繰り返し言いますが、それが何時かは分かりません。世の大立て替えもいつ来るかは分からないのだそうです。

世の大立て替えでは、全ての人間が死に絶えると言われているそうなのですが、いっぺんに人々を死なせる事なんてできるのでしょうか。神言会では霊子線という魂(命)と肉体を繋ぎとめているものがあって、それを切断する事で人は死ぬと言います。
でも、私はそこまでの事はまだピンとは来ていません。どうにも霊感ゼロなため、それらの知識とは縁遠いのです。

でも、自分の魂の核に、良心神と呼ばれる創造神様の分魂が存在しているという事は一応ですが学びました。信じてもいます。私はどちらかと言えば、自分の良心の呵責には耐えられないです。なので私は人が嫌だと感じるような事はできるだけしない様にと気を使って生活しています。
そう思えば、大した善はしていませんが、私の良心神さまは消えてはいないのだと安堵する次第です。

時々、この胸を示す動作を誰かがします。
それが本当に誰かまでは私にはわかりかねますが、恐らくはケイオスだと思います。良心神さまは普段から人間に干渉したりはしないでしょうから。
何故そんな事をするのかというと、入院中に、ケイオスと話しをしたのです。渾沌の一部であるケイオスは、私の隙間の空いた胸を満たす間質なのだと、私は気が付きました。だから胸をさして、自分はここにいると主張してくるのです。ケイオスはマモノかもしれませんが、その時の私には必要な存在だった訳です。

私は間の者(マモノ)と、言わば交流を持っています。
それを、良心神さまはどう判ずるでしょう?
先日の投稿で、私が訳あって獣になった者たちに諭しをするのを、良心神さまは良しとされたでしょうか?ちょっと、ドキドキします。私は以前、自分の良心に従ったからこそ、彼らに理解を示そうとしました。ただ厳しく諭すだけでなく、彼らの胸の内を受け止めた上で良心神様と創造神様の存在を諭す。そういう方法もあっていいのではないかと考えたのです。
その結果、創造神の存在を思い出してくれれば良かった良かったですし、思い出さなかったら、それは行く行くは最後の審判を受ける事になります。私が彼らに改心を促すのは私の行いで、それを受けてどうするのかは、彼らの判断になります。
あんな拙い文章で悔い改める者がいるかは分かりませんが、なにもせずにはいられなかったのです。彼らだって、良心は忘れていても、心そのものが無い訳ではないのですから。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。