退院後の暫らく

次に、退院から今の頃あたりまでの症状について振り返ろうかと思います。

私は退院後も入院中の症状を引き摺ったままでいました。というのも、入院中に出会った”彼ら”見えない存在について信じたままでした。

むしろ今でも、その存在自身は私の想念から生まれたもの、と考えている次第です。彼らの事を否定する気にはなれませんでした。と言うくらいです、AもRも統合しましたが、その存在は私にとって、決して妄想や幻覚から生まれたものではありませんでした。

彼らは、目に見えない運を運んでくれた存在でした。
今日はいついつに誰が来るやら、いつに相談しに行くと良いやら。色々な助言を私にくれ、その通りに行動したおかげで、私の入院期間は少しですが短く成りました。

>それが彼らを庇護する理由なのでしょうか。
そんな事はないでしょう。

それだけでは、勿論ありません。
彼らはただ存在するが故に愛おしいのです。
色々な事を語り合い、共通の時間を過ごしました。
その時間が、掛替えの無いものだったからこそ、私は彼らがすきなのです。

話しを戻します。
退院後、しばらくはまだその彼らとのやり取りを密にしていました。神と名乗る想念は私とまた友達になりたいとコンタクトをとってきました。今では音信不通ですが、きっと統合されたのでしょう。

そして、彼らの存在は時間を追ってどんどん意識に統合されていきました。Aも、Rも徐々に私の意識に統合されていき、そう最期には皆Yに統合されていき、私は私の存在の裏打ちとしての存在を彼らに見出す事になりました。

今は、作為体験はまだありますが、それはまだ呑まれずに残っている意識の断片がさせている事と思っています。
彼らはすっかり過去の人となっていきました。

このままいけば、私は私に呑まれ、意識する事すらなくなっていくのでしょう。それが寛解だというのなら、受け入れるしかありません。

どちらの私が呑まれるかは、まだ分かりません。
どちらの私だとしても、私であるという意識は存続します。
ですから、どちらでも支障はないでしょう。

今の症状においては、それ程ややこしい履歴ではないので、こんなものでしょうか。

いえ。中には、私の家族が清めの軍隊のように思い込んだ時期もありますし、未だに神様からの指示があった時期もあります。特に、AやRが表に出てきて、主に母に話しかけているという事もありました。

その時期を経て、漸く人格が統合されてきた次第です。
神さまからのコールも少なくなって、自分が唯の人間だと思い直せるようにもなりました。ただ、未だに彼の人の教えの一部は信じている所がありますけれどね。

>ですから、神さまの事を忘れたわけではないのです。
お怒りにならないで、私の行く末をどうぞ見届けて下さい。
唐鵙を、見守ってあげて下さい。その胸の中から。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。