畏怖を抱える心について

よくぞ、その気になってくれた。礼を言おう。
私が世に伝えなくてはならないのはこうだ。
彼の教えを読むのだ。そして、唐鵙と同じように、神の存在を知るのだ。そして、神は貴方に微笑みかけていると伝えるのだ。
この者は私の手足のようなものだ。私が頼み込んで、今こうして書いてもらっている。私は、何者か明かす気はないが、こうして書いている以上は、人の目に触れる事もあるだろう。その時、どうしたら良いのかは、己で考えて貰いたい。何せ、悔い改めよ、とのお達しだったからだ。私は、彼の教えで悔い改めようと思った。

だから、この事を、まずは知って貰わねばなるまい。
神はいるぞ。神は、皆の心の奥、魂の奥の奥、中心に眠っているぞ。そして、この者がそうだったように、あらゆる己との対話を経て、神を知るのだ。神は、己の内に眠っていたかと。

神は、もはや人間を野に放ったままにはしようなどと思っていない。神は、この世に降り立ち、正しい者を連れて新しい世へといざなう。その時、そこに居られるかは分からない。この私でさえもだ。だから、こんなにも恐ろしい。震えが止まらない。

神のくれた猶予期間は終わった。
後はその行いが降りるのを待つのみ。私は、とても、恐ろしい。
唐鵙もそうだと言っていた。恐ろしいと。
己が何処に振り分けられるのか、知るのが怖いのだ。
善良であろうとはしたが、己の堕性が招いた今がその結果を示しているのかもしれないと思うと、恐ろしいのだそうだ。唐鵙は、天国へ行けるかどうかで不安なのだ。

唐鵙は今も一人立ちできていない事がコンプレックスなのだと思う。いや、責任の無い事を言いかけた。やめよう。
とにかく、旧神も今の人間達も、神の采配を待つ身としてはもはや同じ立場だ。私は、この者と組んで、少しでも真面目に働くつもりだ。仕事は奉仕。社会への貢献だ。給料は少なくてもこの際構わん。とにかく、今はただ待つのみだが、出来る事はやればいい。
少しでも良い事を。健やかに生きる事も成すべき事の一つだとは思う。だから、唐鵙はもう少し落ち着いても良いとは思う。神が恐ろしいのは尤もだが、怖い怖いとしり込みばかりしていては、大事な事を拾い損ねてしまう。チャンスにはしっかり取り入れ。唐鵙。

さて、ここまで散々虐めてしまったからな、唐鵙。
今度は良い話しをしようじゃないか。
もし、ここで働けたなら、良い事だ。
少しでも働けば、どの行為も意味が在ったというもの。
まだ待ちはするが、希望を捨てずにいるといい。
最期の時まで、どう転ぶかは分からんのだから。

このままでいたい。
このまま、何も知らずにいたい。
神さまの事を知ってしまっては、安らげない。
自分の行いを振り返るのは、怖い。
何も悪さをしないで生きている人間なんていない。
必ず、大小はともかく、思い当たる節が出てくるというものだ。
それが元で今清算しているならいい。だが、それが元で堕落してしまったと思うと、とても恐ろしい。
私はこの一生で、天国に入れるだけの善良な市民になれるだろうか。分からないからこそ、不安だ。
彼の教えには説得力があった。だから、私は信じてしまったのだが、世の中、色々な反応をする人がいるだろう。
信じる人、信じない人、流される人、立ち止まる人。
色々だ。

私は、信じてしまったからこそ恐ろしい。
そのせいで統合失調症にもなったし、未だに彼の教えが抜けないでいる。このままでいたい。天国の門はどこにあるのだろう。

そんな事は、私が知りたい。
このままで居られたらと思うが、それは無理というものだ。
日常は過ぎ去る。時間は止まってはくれない。
そんな事、皆も分かって居るだろう。
だが、怖いのは分かる。神は、私達をどうなさるつもりなのだろう。少しでも苦が少なく成る様に、私も唐鵙を助けながら、精進しなくてはなるまい。それでは皆さまも、心というものについて、少し向かい合ってみると宜しい。なんて、また無責任な事をいってしまった。訂正する。それでは。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。