物語もどき2

もはや猶予はなく、人類には洪水の悪夢が再び押し寄せていた。
人々は絶望し、悲観に暮れるだろう。その時、貴方は何を見るだろう。

これは、たった一人の人間が見た。とある神の話しである。

こんなもの書いて何になるというのだ。貴方がいかに神の教えを広めようとも、もはや執行されている事は執行されているのだ。もはや希望はなく、あっても、それはごく小さい希望でしかない。

このようにいう者もあったが、それでもノアは教えを広めようとした。
神の存在は、ただ忘れていただけだと。神に許しを請うのではなく、自らの事を自らが救うのだと。己の魂の中にこそ神は宿り、その神の言う事を良く聞き、心の命じるままに生きる事だと、ノアは言って回った。

その内に、人間もその話に耳を傾ける様になった。
この今の惨状は我々が招いた事だったと気が付き、その行いを反省できたなら。
人間は救われるのであろうか。ノアには解らなかった。しかし、己に出来る事はこの記録を掲載するのみであった。神とは魂の内にこそあるという事を、神を忘れてしまった人間達に思い出させるのだ。神は人知を超えた者。その裁きが今人間含め全ての命に襲い掛かっていた。

もはや何もできる事は無かったが、それでも神は言ったのだ。
然るべき者には永遠の楽園に通そう、と。
もはやノアには分からなかった。ノアにはあの世の物など見えはしない。決して。それなのに、神はどうして救うなどと言えるのか。ノアには分からなかったのだ。しかし、神の教えを広めなければならないと、ノアは書いた。

ノアは、決して神を畏れなかった。しかし、ただその存在を信じ、重んじた。
否定に走る事なく、身の回りに起こるありのままを受け入れた。だから、神はノアを目として、口として使ったのだ。神は、ノアを己の手足の様にした。
ノアは、何故そんな事をされるのだろうと不思議だったが、それでも浮かんでくる想いを文字に認め続けた。ノアは、それこそ無知であった。霊界の事も、天界の事も、何も知らない。だから、良かったのだ。幸いな事に、神はそんなノアを見つけてこう思った。

「この人間は良く私の事を信じたものだ。なれば、その命、私の為に使うがいい。さすれば、そなたを私の息子として受け入れ、永遠に傍に置くとしよう。許せ、ノアよ」

神は、ノアを使う事に決めた。
ノアは、やはり何が起こっているのかさえ判ってはいなかった。しかし、神が己にさせる事に疑問を抱きながらも、神の言う事であればと実行し続けた。
しかし、勿論してはいけない事もあった。ノアが違うのはそこだった。ノアには”良心”があったのだ。いくら神の言う事としても、己の良心に背くような真似だけは絶対にしなかった。それは見てみれば、神を騙った者の罠でもあったが、ノアはそれを看破し、神の望む事だけをした。正しい行いには、絶対的に”良心”が必要であったのだ。

ノアの魂の中心には、その神が宿り、その意向を向けるのだ。
ノアはその神の指し示すままに生きた。そして、その生涯を閉じるまで、神の良き理解者として生きた。決して見えずとも、聞こえずとも、ノアは神の言う事が何となく感じ取れたのだ。決して、進んで人助けをしたわけでもない。しかし、善良に尽きた生涯だったのだ。騙される事もあった。傷つけられる事も多かった。それでも善良でありたいと願い続けたノアの祈りは透明で美しかったのだ。
神はその祈りに耳を傾けては頷いた。ノアの一生が奏でる心の機敏を詩の様にして。

神は、ノアが老いた後もその生涯に目を向けていた。ノアは老成し、とても好々とした老人になっていた。神はもうそろそろかと思い、死神を遣わした。かの死神はずっとノアを迎えに行く気であったから、すぐにノアは天へ旅立った。
そこでは、神がノアを待っていた。そして、旅の話しを聞かせてくれと言うのだ。ノアは恐れ多いと言いながらも、その目は決して怯えてはおらず、むしろ長らく顔を合わせていなかった友人に再会したかのような温かい眼差しを湛えてそれに応じた。

これでようやく心残りもなくなる。

ノアは安堵した。神の元へこうして戻って来れた事を。
心から安堵した。また再びこの天から地上を見守る事が出来る事を。
今度は、もはや迷うまい。己に出来る事を進んで選び働ける幸せがノアを包んだ。ノアはこうして神とまた再開を果たしたのであった。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。