自我の揺らぎ

今はなんだか、自分の境界というモノが不明瞭に成りつつあります。もう、唐鵙という名ですら、私個人のみを指せる言葉ではなくなりつつあります。少しずつ、自我の境界が揺らいでいく様な、そんな感じです。でも、それもしょうがないですね。

勿論、大丈夫ではないのですけれど。
でも、私にはちゃんとこの肉体を総括する名前が、本名があるのでまだ平気です。唐鵙はすっかり、皆の人格を纏め上げたモノの総称になってしまいました。基本人格である私は、まだ辛うじて存在を許されているようです。己が曖昧になっていく様も、しっかり記録したいです。それが、私個人の、想いです。

いづれは人知れず、私が私でなくなり、成り代わられる時が来るのかもしれません。でも、その人格も、まぎれもなく私ではあるのです。

「こんな事続けるの、もう」

これは、何でしょう。私の本心でしょうか?それとも別の人格が出した声でしょうか。それも私には認識できません。私は移り変わる自我ですら受け入れて流れていくしかできません。人格も、私も、流されて生きていくしかできないのですよ。物事は絶えず移りかわります。自我が脳の、ただの信号の集まりだとしたなら、それは私個人自身すらも知らぬ間に置き換わっていく事を告げているかのようです。

渾沌が、満たします、己という存在を。

……いいえ。ただ、ちょっと調子が悪いだけです。大丈夫。
こういう時はお茶でも飲んで忘れるのが一番です。

>僕は、どうしたらいいんだろう。
君が変わっていく事に、ついていけなくなったら、君は悲しいかな?僕は、見てきた。君が移り変わる様を。君の連続性は、どこかにいってしまったのかい?過去の自分との繋がりを、君は見失っているよ。思い出して、君はあんなに頑張って来ただろう。

それを忘れない為に、こうして記録するのです。
移り変わる自我を、記憶に留めて。忘れてしまわない様に。私が、私個人を忘れてしまわない様に。ただ、そこに転がっている自己を失くさない様に。
すこし、振り返ってきます。
そしたら、思い出せるかもしれません。

>いってらっしゃい。

ちょっと、個人である唐鵙を取り戻してきます。
それでは。

***

戻りました。
一応、私は私で在る事は判ります。まだ、まだ大丈夫。
一々確認しないと自分で在る事が分からないので、難儀なものです。こういう時には、落ち着いて深呼吸して、己の身体を動かして確認します。主導権は自分自身に在る事を思い出すのです。

そして、交代人格の彼らはあくまで私の副自的な存在だと思い直すのです。彼らは、私を脅かす存在ではなく、サポートする存在です。それは大丈夫。存じてます。

とにかく、今は不安定。それだけです。
自我の境界の調子次第で、私という存在が揺らぐだけです。
それでは、ここまでで。もう少し、自我を確かめておきます。
さようなら。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。