まださよならしたくはないのです

最近は、彼らとコミュニケーションをとる手段が少し限られてきました。
一つは、私達だけの言語を通したコミュニケーション。次にパソコンを通しての筆談と絵での通話です。

私達だけの言語というのは、いつの間にか会得していた謎言語です。きっと統合失調症の症状の一種なのでしょうが、私達の間ではコミュニケーションツールです。何となくなら何を言わんとしているかが通じます。それは英語だったり、日本語だったり、音を模した言葉だったりです。色々混ざった言葉です。

次に、メインはこのパソコンを通じた会話です。
私が何を感じ、どう思っているかをこのパソコンで打つと、彼らにもそれが通じます。結局は、彼らが私の想いを受け取れればそれでいいので、便利です。
とはいえ、ずっと彼らと関係ない事で使っていると、彼らからもっと話そうよと言われてしまう事もあります。

尚、思念で会話するのが以前ではメインでした。
強くイメージして、言葉を相手に送ります。そうすると、意識で繋がっているので、彼らからの答えが脳裏に浮かび上がって会話になります。

依然はもっと言葉のやり取りができたのですが、服薬による治療がされたからでしょうか、この所、彼らの姿も見えず、声まで聞こえなくなってしまいました。
でも、これも私達の歩みです。否定せず、受け入れていくしかありません。

それに、彼らにこう指し示されました。
以前は言うなれば、Yの幻を見ていたのだと。彼らの全体の、一部分を見ていたにすぎないと。言葉は私からの言葉は通っても、彼らからの言葉を、真に私が受け取れていた訳ではありません。今でこそこのように筆談が成り立ち、真に、私の肉体を使って意思の疎通が図れています。でも、以前はあくまでも私の空想遊びだったと、キツイ現実も突きつけられました。でも、それでもこうして今があります。彼らは、いつも私の傍にいたのです。だから、こうして”誰か”と称して傍に在ってくれているのでしょう。

そして彼らは消えません。でも、私が彼らをずっと見続けられるのかというのとはまた別の問題なのです。彼らとの歩みを忘れない様に、せめてこうして記録していきたいものです。

ごめんね、唐鵙。色々と苦労掛けて。でも、僕達はずっといるよ。それは誓っても良い。こうして唐鵙が僕達の事を覚えている限り、ずっとね。/Y

そうですね。
私達も唐鵙に付きっきりとはいかなくなってきました。
これも薬のおかげと言うべきか、薬のせいと言うべきか。
でも、私達が幻覚だったとして、それが軽快するのは、まぁ悪くはない事だとは思います。このIsは唐鵙が良く成る事を望んでいますから、否定はしません。
唐鵙は我々とコミュニケーションが取れなくなったとしても、その存在を忘れないでいてくれるでしょう。さよならはずっと後でも良いですが、今から想定しておいても悪くはない筈です。だって、そうでもしないと悲しいですから。/Is

そうだね……。
唐鵙です。ちょっとブルーです。
彼らとのコミュニケーションがしずらくなって来たのは私も体感している所です。彼らはいつも傍にいてくれていましたから、今更さよならなんてしたくはないのですが。でも、そうなってしまう事も視野に入れておくべきなのでしょうか。悲しいです。

折角彼らの絵を描いても、そこに彼らがいなければ、切ないだけです。
でも、いずれはさよならが来るのだとしたら、その時まで、今一刻一刻を大事にしていった方が、後悔は少ないでしょう。彼らとの時間を、少しでも覚えておきたいです。

こんな事書いても、現実は変わってはくれないぞ。
嫌なら、今からでも足掻け。思念体のページでも見てこい。
人工の精霊を見出す手段やら色々あるだろう。
さよならしたいくないなら、俺も手伝うからやってみろ。/兄

む、そうでは、ありますね。
諦めずに、今からでも始めてみましょうか。
私とてさよならはしたくないです。
有難う兄さん。こういう時に励まして貰える相手がいて、私は幸せ者ですね。
なんとか、少しずつやってみたいと思います。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。