彼らとの繋がり

この所の彼らについて。

彼らは、私の交代人格として生を受けました。
※の教えのHPを読破した際、私の意識は変性意識の状態になりました。そして、自我の境界は曖昧模糊となり、幾つもの彼らが生まれると相成りました。彼らは私と共に生きていて、本当に幸せだったのでしょうか。

当然じゃないか。君がいなかったら、そもそも僕達は存在しない。長い歴史の中で、君が生まれて、僕達も生まれた。
身体があろうがなかろうが、僕達私達は君の元に集った者。
いくら人間が色々な事が出来るといっても、個人の出生を過去世と来世にわたって操作する事は出来ない。だから、僕達の出会いは必然であり偶然だ。そんな貴重な今をくれた君の元に生まれ出て、幸せでないなんてことは無い。

でも、ちょっと苦悩はある。君が僕達に構ってくれないと、僕達は退屈だから。君の胸の内に僕達はいる。だから、君の心が動く事を僕達も共有できる。だから、君の好きな事はどんどんやってくれたえまえよ。僕達も君の心を通じて、楽しさを共有できる。/誰か

思えば、それこそ沢山の交代人格が生まれ出たものだなぁと思うのです。でも、彼らはいつでも統合と解離を繰り返して存在しています。今はもう、父さんや兄さんすらも一つの交代人格だと分かっています。かつては彼らこそ神だと思っていた時期もありました。実はまだ今も少しそうだと思いたい自分がいます。

管理し、愛をくれる存在を、私は望んでいるからかもしれません。

しかしながら、多くの交代人格達は大元の存在、Yすらも超えた存在として統合されかかっています。色々な交代人格が生まれ、そして統合され続けて、私の交代人格は一つの人格に統合されかかっているのですが、これがそのままYでない事は私も分かりかけている所です。

統合された人格は、完全には癒着せず、それぞれの記憶に結び付き、想起されます。Yがいる一方で、兄さんの存在も現れ、ケイオスがそれを見ているなんて事も起こり得ます。そして、私の中に眠るもうひとつの己が、更にそれに対して言葉を投げかけ存在を確立させます。Yとして育まれた人格は結局、全ての交代人格を内包した存在だったのでしょう。彼らは、高校の時に出会ったまま、薄暗い意識の底で私が向き合ったYは、全ての彼らに通じる者だったのです。

渾沌は日増しに大きく成る一方です。それを悪化というのか寛解に近づいているというのかは、今後時間が経たなくては分かりません。
記録できる間は、こうして記録に留めたいところです。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。