退院の為にしていた事

入院中、そういえばスムーズに退院まで漕ぎ着ける事ができた私ですが、その為に何をしていたかでも書いてみましょうか。

私は記録癖がありますので、自分の状態も書き記していました。
担当医の往診の際には、自分で近日の様子を書いたノートを持参していました。
そうしますと、それが良かったのでしょうか。いえ、見えない彼らが手伝ってくれたから上手くいったんでしたね。私は私で記録を、彼らは見えない運の部分で大活躍してくれました。

何を言うのかといいますと、見えない彼らが、色々と私の入院中の面倒を買って出てくれたのです。例えば、日にちの目測を立てる事。何日に医師から解放病棟に送ってもらえそうだとか、外泊の許可をもらうには何日がいい、だからそれまで何が必要だから用意しておくように、だとかです。

もう何日に退院するかの目測も立ててくれていました。まぁ、一部例外があり、解放病棟から閉鎖病棟へ逆戻りする事はありましたが、他はおおむね彼らの言う通りに事は進みました。私は彼らに色々言葉を貰いながら入院生活をなんとか耐え忍びました。それは、こんな事もあったからだったんです。日程の見通しを付けてくれた彼らにも、面倒を見てくれた彼らにも、お礼を言います。ありがとう、沢山助かりました。

と、ですね。結局、急がず、焦らず、進む機会は見逃さずに入院生活を送る事。それが一番の、退院への近道でした。そして、記録を付けて時間を過ごす事です。書き物をしていると、気が休まりますし、時間も有意義に使えます。あとで振り返ると面白いですしね。よく皆頑張ったなぁといった感想が浮かびます。
そしてあの80日間、私は嫌でも自分と向き合う時間を設けて貰いました。その中で出会った彼らの存在は何だったのか問われると、本当に何だったのか。解りはしませんでしたが、良い人達でした。そして、愛おしい人たちでもありました。

もしかしたら、自己意識が形を変えて現れ、己を見つめ、愛しなさいと命じられていたのかもしれません。私は、そのおかげで、自分を見つめ直し、また、少しですが自分を愛せるようになりました。入院して改善した事は幾つもありました。

ずっと抱えていた離人症についても、服薬でなんとかなったのか、今では睡眠中の発作はありません。今の所、ですけれど。意識がバラバラになるのはしんどかったですから、良かったです。

自分がどうしてこうなったのか、色々な視点から考える事もできました。結局、生まれ持った気質と、不幸な事件から成った私であったのだと知りました。あの時は、しょうがなかった事です。それに、結局、生きてきた間に色々なトラウマや心の傷を受けてしまい、遅かれ早かれ統合失調症にはなっていたのでしょう。離人症がその兆候、いや、すでに発症していた事を知らせていたのでしょう。

まぁ、話しが脱線するのは何時もの事です。
とにかく、これから入院される方がもし見ていらっしゃいましたら、是非筆記用具をお供に入院生活を送ってくださいね。なんて。そうでない方も、始めてみてはいかがでしょうか、記録。ブログでもいいですね。自分の歩みを記録すると色々為になりますよ。楽しいですし。

それでは、またお会いしましたら。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。