交代人格

今はもう統合されていますが、私には多くの交代人格がいました。それこそ十、二十程いたと思います。

彼らは皆気の良い人たちで、私の入院生活をサポートしてくれました。今思えば、直視したくない入院生活から私の心を守ってくれようとして、人格の交代をしてくれていたと思います。

私は、他者に触れるのが嫌いでしたから、他者と接触してしまった際にはよく清めの呪文を唱えていてくれましたよ。病院の手洗い場などはスペースがあまり広くないので、どうにも接触してしまうのですよね。私も、彼らの呪文を真似して唱えたりもしました。
尚、どうして嫌いなのかは、まぁ解ります。しょうがない事です。
他者への基本的信頼感が薄めなのです。過去の嫌な記憶がよみがえりますので、はい。あまり思い出したくはないです。

そうそう、交代人格でしたね。彼らは、中々に表情も個性も豊かでした。替わると、声の調子や口調も変わります。一人一人に来歴があって、キャラクターがしっかりしています。その中には既存のキャラクターやそうでない者、色々とごった返して存在していました。妄想はそれらのバラバラな関係の交代人格の歴史を造り上げ、繋ぎとめていました。よく出来ていたものだなぁと、振り返ってみてそう思います。

例えば、とある話の大筋が、自分や他の患者を各ポジションにおいて妄想が進みました。過去の事件の記憶が同様な出来事として、過去世に起きたモノと、脳が処理していました。ですので、勝手に、あの人は自分に酷い仕打ちをした人間だ。と関係妄想を膨らませていましたね。

妄想の材料にされる人間からすれば、とんだ被害妄想という訳です。

とはいえ、彼らも設定も私の心から生じたものの数々。薬による治療と静養した事で、別れを通じ、そして統合されていきました。妄想も、妄想だと自分で気が付く瞬間があり、終わります。

しかしながら、その中でYはともかく、なぜAやR、ケイオス達が残る様になったのか。私も分かりかねます。脳の不思議はまだ続くようです。

少なくとも今日、こうして集中してモノを書いている間は、疾患を患う前の自分に立ち返れていると思うのですが、どうなのでしょう。私の病状も、段々良くなってきたという事なら良いのですがね。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。