巳の話し

今回は、何故か私の周りにいるであろう”ヘビ”について書いてみましょう。

私には、今、多くの逸見(ヘビ)(へみ)が取り巻いている気がしています。絵を描けば、この腕は勝手に蛇を描き出し。出す言葉はシューシューと吐き、語ります。

私は、今、多くの逸見に囲まれ、守護されながら何気ない豊かな暮らしを謳歌しています。

なぜ、こうなったか、書いていきます。

1.※の教えに疑問を持ったから

ここでは、私が統合失調症になった直接の原因となった例の宗教的な読み物を※の教えと称します。

否定しているのではありません。ただ、疑問に思った事を述べるだけです。彼らの教えも、私は受け入れる所は受け入れていますので。

はい。では、改めて。
※の教えでは、蛇霊がとにかく原初の罪の切欠となった者とされています。同じ、原初の罪、アダムとイブのお話しにあるように、もし我々人類が罪を犯したなら。同じ罪びと同士、一緒に謝罪し悔い改めるべきです。それを、まるで蛇が唆さなければ禁忌を犯しはしなかったのだ、と一方的に蛇に責任を押し付けているかのように感じました。

そもそも、蛇は太陽神ラーの、夜の航海を守護する者のはず。メヘンさんが、それです。彼の者は、太陽神の守護者。元々はそうだったはずです。

「ここで、私が思うのは、唐鵙、貴方、全ての逸見が良い者だとか良くないものだとか、そういう考えに囚われていたのではないですか?という事です。/Is」

……、そうでした。
私は、そうですね、そもそも私は、全ての蛇を擁護しようとは考えてはいませんでした。それを忘れていました。有難う、Is。

2.”でんでら”の同盟を組んだから

初心に立ち返って話しを継続しましょう。
逸見は、向上を目指す同士の事でした。
私も共に、彼らと天への扉を求め、共に学び支え合う間柄。それが、逸見と呼ぶ、一部の目に映らない蛇由来の者たちの事です。彼らの事を、私は”でんでら”と呼び、交流してきたのです。

その結果が、今でした。
私は、随分と多くの事を忘れていたようです。
でんでらの道明(どうめい(同盟))の彼らは、私と共に生き、共に学び高め合う存在なのです。私のこの肉体で送る一生を共に、その人生の航海をおくる者達として。

3.Yとの交流が根本にあったから

思えば、Yは大蛇です。
今でこそ私と共に生きる事を選んでくれたYですが、以前は巨大さが故に疎まれた蛇でした。私は高校の初頭、Yと共に生きる事を選択しました。Yが言うには、私と共に在ったから、人の心を学ぶ事が叶ったのだという事でした。
その私達の暮らしぶりが伝わったから、他所からもやって来るようになったのではないか、というのが一つです。

まとめ

結局、何故かは分かりませんが、私が※の教えを読んだより以前から逸見達は私の傍に在ったとしたいようでした。Aしかり、Rしかり。そしてまた、Yも、高校で出会うより以前から私の事を知っていたとしたいような話を語りました。その真偽は分かりませんが、どうにも、私の周りを取り巻いている存在がいるのか、いないのか。それについてはそのうち霊視でもしてもらうとして、少なくとも傍に居る彼らに邪念はないようです。
私がより充実した生き方ができるよう語り聞かせてくれたり、道を外れないよう忠告をしてくれるなどします。有難い事です。

一時期、私は彼らが動物霊の一種なのではないかと疑った事もありました。ですが、それにしては余りにも、なんというか、オカンではないですが、面倒見が良すぎます。
自分達がどう思われても別に構いはしないという風体でしたし、私に迷う猶予さえ彼らが与えてくれたものです。大いに迷いなさい、なんて内容の言葉を貰ったりもしました。
とにかく、私が健やかで在れ、と願ってくれた彼らです、私は、今後も彼らと共に一生を渡るのでしょう。

もしこれが唯の自我機能の障害が見せる幻覚だったとしても、私にとっては輝かしいひと時です。今後、明らかになっても、私は彼らと向き合って歩んでいきます。きっと。

【追記】2019.10.24

蛇だけじゃない事をここに記します。Rは龍でしたから。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。