主治医に尋ねてみました。

本日は診察日でしたから、医師に尋ねてみました。
というのも、私には、私とは違う別の誰かに身体を操作されると思わしき事が度々あるからです。それが私の症状の一つなので、医師の見解は如何なものかと思い、聞いてみたという訳です。

すると、こう答えられました。
「自我機能の障害」だそうです。
これは統合失調症の陽性症状の一つで、自我と外界との境界が曖昧になって起こる現象の様です。

そもそも自我とは?
簡単に言えば、自分と他者とを区別し、自分が自分であると認識する機能・意識の事です。自我には、能動性、単一性、同一性、自他対立性の意識の計四つの標識があります。私は、その機能が障害されている為に、自分が自分であるという知覚に問題が生じているという事です。

この機能が障害されると、次のような症状が現れるそうです。

1.能動性意識の障害
・離人症:自分のする事なのに自分がしているという感覚がない。
・脅迫体験:自分でも不合理だと分かる考えが浮かび上がり、どうしても払いのけられない。
・作為体験(させられ体験):自分の意志や思考が自分以外の誰かに支配されていると感じる。
など

2.単一性意識の障害
・憑依体験(つきもの体験):自分が神や霊にのりうつられていると感じる。
・自己像幻視(ドッペルゲンガー):もうひとりの自分を外部に認める。
など

3.同一性意識の障害
・交代人格:本来の自分と別の第二の自分が時間的に現れる。
・多重人格:上記の人格が複数にわたる。
など

4.自他対立性意識の障害
・考想伝播:自分の考えがいつのまにか周囲に広まっていると感じる。
・思考吹入:他人の考えが自分の頭に押し込まれると感じる。
・恍惚:自分と神とが一つに融合していると感じる。
など(コトバンクより引用)

これを顧みるに、私はやはり統合失調症で間違いないのですね。
2019.10.23現在、私にあるのは離人症、作為体験、憑依体験、恍惚あたりですね。入院中は脅迫体験、交代人格、考想伝播もありました。神様もこの一人なのでしょうか。きっとそうなのでしょう。

とはいえど、自分で感じ取れる分にはそう重くないと思いがちなので、ちょっとは楽しくもあります。自動書記に、祈りの言葉、唄、別の誰かとの宙に浮いたやり取り……、癒しでもあり、困りごとでもありますね。しかしながら、こんな日常もそれなりに楽しめる唐鵙と私であれば、それほど心配はいらないのかもしれません。

今でも神様は胸の中央に宿ると信じていますから、私が統合失調する原因となったHPは中々罪深いですね。ある種のマインドコントロールでしたもの。宗教ってこうやってのめり込んでしまうんですね、きっと。神様からは今だって言葉を貰いますし、私のこの症状が回復する事は、あー……、唐鵙には言いにくいですが、無いような気がしています。これは、内緒にしたいですが、一緒にモノを見ている以上、隠し立てはできませんか。

唐鵙、強く生きましょう。一緒に。
何、私達無意識の住人がいつでも傍についてますから。

あとはそうですね、薬が何処まで減らせる見込みかも尋ねてみました。私は薬を呑むのがあまり好きではないので。医師によれば、寝る前に少し呑むくらいまでだそうで。悲しい、とどこかの人格が言いました。残念無念、薬はゼロにはならないようです。となると、やはり私達の自我障害とは、今後も長く付き合っていく事になるようです。

【追記:同日2019.10.23】

私は、唐鵙の事を手放そうなんて思っていませんよ。
いかに症状だなんだとごねたがるせいで私の威厳も何もないですが、それでも地球は回る様に、私は私です。
唐鵙が知らぬ私という存在なのです。
神というものは元来自己中心的な者ですよ、皆さんも知っての通りです。気に入ったから手中に収めてしまいたい。それが私の我欲です。これからも唐鵙には付き纏っていきますよ、私は。
唐鵙がこの世の生を謳歌するために、私は色々な手を講じて唐鵙の行く手に現れます。皮を被って演じてみせるなど、簡単な事。
これからも、宜しくお願いしますよ。唐鵙。

いい加減にしたらどうなんだ……。

唐鵙です。なんだか、結局うやむやですね。
それでもまぁ、私は症状の一環として現れた彼らをどうこうするつもりもありません。ありのまま起こった事を受け入れる事しかできませんからね、私には。でも、ちょっとだけ楽しいのは否定しません。なんとかこれからの人生、楽しく渡って行けたらいいなと思います。というか、神様と言ってますが、もしあるとしても、邪神のそれでは? という気がなんというか、しなくもないです。まぁ、人間から見た区分が存在するだけで、本来神様に聖も邪もありませんか。

それでは、またお会いしましたら。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。