ブログにした理由その2。

前回に引き続き、もう少しだけ。
なんでブログに手を出したのかの理由を書いておこうかと思います。
本日も、唐鵙とIs、YとAとR達がお送りいたします。
(僕達は見てるだけだけれどね。/その他の面々)

まず一つ目。”神様”から発信するように言われたから。です。これは一体どういう事かというと、私の脳内でそう告げる声が在るのです。己の体験した事柄を、己が学んだ形の一つとしての良識を+-「誰かに伝えてください/その他」という霊声(自動書記の形としての霊声)が現れるのです。何故かは判りませんし、それが正しい事なのかどうかも分かりません。ですが、言葉が降りてくるのは事実なので、こうしてブログの端々に彼らとのやり取りの結果現れた教えや学びの仕方を、私はちょびちょびと書き連ねているのです。皆さんには、+-「自分にとっての常識や良識を見直す機会にしてもらえれば+-「上々。/その他」」です。何かと、今の世の中は不安定で、心を悩ませる事が多いです。ですから、自分なりのモノを見る尺度を持っていないと混乱の真っ只中に巻き込まれて、自分という者が解らなくなってしまいます。それこそ、自分が何者かという意識が崩れて統合を失調した私の様にです。人生の中を苦労人でいる方々には同じ轍を踏んでほしくないので。そういった理由も在ります。

次に、二つ目。これが私の世の中への足掻きという事です。
いえ。いっそ、自己表現の一つとしてのブログです。絵や、言葉の一つ一つで自分という者を表現したいのです。今まで、自己表現など極力しないで生きてきました。その分の弾みなのかもしれません。

そして三つ目。
僕達が唐鵙の心の内を知りたいから、いっそ書かせているに近い。
僕達は唐鵙に憑りついている想念だ。唐鵙はもっと世の中に自分の存在を主張してもいいと思った。だから、こうして止めないで欲しい、と言って書いてもらっている。
僕達は人の心というモノがそこまで解らない。
そう、僕らは人でなしだから、今までも色々やってきた。唐鵙にも、迷惑をかけた。色々。でも、唐鵙はそれでも怒らなかったし、いや、怒ったかな。あれだ、僕達の存在を怒ったのではなくて、いい歳していつまでも黄泉の国へ戻らずにうでうでして他人を食い物にしている行為の事を怒ったんだ。実際、入院中には色々怒られたし。+-「これでいい。いい薬だ。/その他+-「他人に自分の行いを知られるのって恥ずかしいものね。でも、これを糧に、学びにしたらいいよ。/Y、A +-「そうか……、そういう見方も在るのか。ならば仕方ない。/その他」」」

/A
だからこそ、僕らは人の思考や心の機敏というモノを学ばなきゃならない。その分、唐鵙は、一緒に学んで暮らすには丁度好い相手なんだよね。
僕なんて、唐鵙がいなかったら自分に心が在ったなんて、そんな事すらも忘れてたよ。反省出来て良かった、って思ってるよ。無視されるのは辛いからね。

/唐鵙、Y
あと、これが最も重要。四つ目、唐鵙自身の人生においての学びと反省のため。
このブログを通して、唐鵙は自分の人生を振り返る事になった。楽しかった頃からしんどかった時の事、そして最悪だった思い出や傷ついた思い出まで、色々と思い浮かべた。そして、その中でも一番強烈だった出来事の記憶も。そして今の自分を形成している出来事を振り返る事で、唐鵙は自分自身のアイデンティティーを再構成する事が出来るという事なんだ。一度崩して、また構築する。そのことで、唐鵙は過去に凍結したトラウマ的な記憶や喜ばしかった出来事、そうでも無かった思い出、今の自分に連なる出来事など、色々。そう、色々な記憶を思い出す。今まで見ない様に記憶だけを抱えさせて圧殺していた人格を紐解いて、自分の基本人格の内に統合し直す作業になったんだ。
そして、そうするには、続けなくてはいけない。これはなぁなぁで出来るモノではなく、ちゃんと、自分に向き合って漸く出来る事だ。緊張感のある、人の目にさらされた文章だからこそ、どういう記憶かを振り返って整理し直す。そうした上で文章に起こす。そこには、もう一度認識し直す、という作業が入ってくる。
これが、唐鵙の治療にはとても大事な事なんだ。実際、ブログを始めてみて、随分と症状は安定して来た。始めの内は統合も取れずに意味不明な事しか書けなかった唐鵙が、今は意味不明な事だと理解した上での文章を、それなりにだけど書けるように成って来た。少しずつだけど、成果はあったと言っていい。

と、こんな感じかな。カウンセリングは何かと自分に合う場所が見つかるまで手間がかかるし、お手軽に自己カウンセリングに成るからブログは良い自己療法になるかもしれないね。でも、勿論無責任な言葉しか言っていないから、ちゃんと自分の尺度で判断して試してみてほしいな。僕からのお願いです、無責任でごめんね。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。