星に生まれて

とある宇宙にて、ビックバンの後の永きに渡っての事。
孤独という孤独が埋められようとしていたその時の事。
「離宮」という名の星が産声を上げようとしていたのであった。

星の化身達は祝った。
太陽に連なる新たな後世(こうせい)の誕生を。新たな同胞の誕生を。

”目を覚ましなさい、起きなさい。******”

太陽の化神たる*******は言った。離宮はまだまだ眠って居たかったが、渋々目を覚ました。目を覚まさなくてはならない、そんな気がしたから。

――まだ、眠いよ。

”いいえ。貴方は目を覚まさなくてはなりません。貴方こそ離宮の、新しい星の化神であり導き手なのです。貴方が目を覚まさなくては、星の子らは皆迷い果ててしまいます。さぁ、起きて”

――星?離宮?……あぁ、私の子らの事か。

*には、全てが解っていました、それなりに。
頭の中には、自然とあらゆる記憶が泉のように、浩々と満ちてくるからでありました。
離宮はまだ生まれたばかりの星。まだ雷や火や水が渾沌とせめぎ合っているばかり。
*はそんな星を見て言いました。

「これが私の化神。思ったよりもずっと美しいのだなぁ。そして、そうか、私がこの星のコアか。まだ実感が付いてこないが、それもそのうちに馴染むだろうね。しかし、そうか、私がコア、と留。コアトルとはよく言ったものだなぁ」

*は己の姿をまじまじと見て、言いました。
まるで蛇のような身体。*は、まだその者に在った事が無くても蛇という者の姿が分かって居ました。長く、しなやかな肢体。*には腕が有りましたが、蛇にはどうでしょう、まだ無かったような気がしました。けれど、*は想いました。

――せっかく、コアトルという別名が与えられているんだから。同じ名の着くもの同士、姿も似た形の方が親近感も湧くだろう。よし、よし。蛇が私の元へ来たのなら、私の様に腕のあるこの姿を真似てもらおう。腕は便利だ。こうやって、雷と火とを混ぜ合わせる事だってできる。MIX.MIX.――混ざれ、混ざれ。

*、いえ、コアトルが腕を回して念じると、離宮には渦を巻いた雲と風が生まれました。コアトルが腕をスッとなぞらせると、直線的な雲と風もが生まれました。
こうして、離宮には螺旋と直線という二つの運動が生まれました。
その二つは互いに影響し合い、やがては、世界の流れそのものと成っていく筈です。
*は、確かな手ごたえに首を頷かせて思いました。

――これで、下準備は十分だろう。後は、きっと自然に任せていけば生命が生まれる。
肉の身体で魂を包んだ、自活していける、そういう者達が。

コアトルは、その間、待っているだけなのも難なので、他の星々に意識を向けました。
暗い暗い、極寒の宇宙の中で、太陽の光を受けて輝く星々を。
まず、一番自分に近い、小さな星を見つけました。
自分の星の周りを修習と廻り続けるその姿は同じく球形で、円を描いたその軌道に、コアトルは己の円を描いた姿を重ねました。太陽を囲った軌道の己の星の様だ。
コアトルは考えました。良い名前はないものか、と。
少しの間、コアトルはその星に目を向け続けました。太陽の光を受けて輝くその小さな星を。
己の星からの光すら受け止めて輝くその星に、コアトルは「光」を見出しました。
そして、***。そのまま光という名で星を呼んでいる事に気が付いたコアトルは、星の名を***と呼ぶことに決めたのです。そして、その名が付いた途端の事でした。
星から、呼び声が聞こえてきたのです。

――コアトル?貴方が僕を見出した炎(もの)?

コアトルは応えようと思いましたが、声が届かない事に気が付きました。
それもその筈、宇宙には大気が有りません。それでは、声を幾ら出そうとも届かない筈です。ですから、コアトルは強い”想い”で己の考えを届けようとしてみる事にしました。

念じてみて、何か答えは返ってくるものか?
結果はすぐに出ました。何も、聞こえません。だけど、何か伝えたいと想う気持ちがあるという事だけは伝わったようでした。なぜなら、元を同じくする星であったからです。

まだ燃えるだけの星だった時、一部が分かれてふたつになった。
そんな謂れがあったからこそ、ふたりは通じ合っていたのです。

――なんて言ってるかは分からない。だけど、ありがとう。

互いの気持ちに、どんどん言葉が付いていき、そして活きました。
言葉は、ある種の生き物のように、気持ちに憑いて生きました。
その内に、どんどん星は冷え固まり、言葉と共に離宮は生き物の息づく星と相成ったので有りました。その様は、これから芽吹き、生い茂って生く草花の様でありました。

コアトルは、笑いました。微笑みました。
共に生きる事になった***と一緒に、微笑みました。
それくらいなら、お互いの気持ちも解ろうというもの。とても、満ち足りた気持ちでふたりは寄り添うのでした。そして、***に姿が憑いたのでした。***はコアトルと瓜二つな姿をしていて、まぁ、そうなるのも無理はないでしょう。

長い時間が経ちました。
ふたりは言葉がなくても十分でした。本当は、もっと意思の疎通を図りたかったのですが、少なくともコアトルはそれだけで十分だと考えていました。
そして、それが当然の事のようにも考えてしまっていたのです。

そう。同じように見えて、星々は刻々とその姿を移ろわせている最中だったのです。
それに気が付かなかったのは、余りにも見た感じが変わらなかったから。
その内実は、のちに出る蛾(さん)の様でありました。
コアトルが己自身の変化にも気が付かないくらいに、ゆっくりと着実に、事は進んでいたのです。本当に、気が付かないくらい、ゆっくりゆっくりと。

それは、永遠にも思える、永く、幸せな時間でした。

しかし――――

有る時、コアトルは目にしてしまいました。
星々の合間を縫ってやって来る他の存在を。
そして同時に、またあの声が聞こえてきたのです。

”羽の八つの間。その問いを解きなさい、*。貴方なら解かるはず。その意味する所を繋げる筈なのです。私にはできなかった事も、貴方なら出来る。そう信じています”

と。

コアトルには最初、意味が分かりませんでした。
己に羽?と考えると、自然と翼が付きました。
その下を覗いてみても、勿論の事。何も見えません。

コアトルは困りました。そんな事を云われたって、手元には手掛かりに成る言葉なんて有りませんでしたから、当然の事でしょう。ですが、それを独りでやってのけたという存在がいたのです。それが、どこからか分からない電波に乗ってコアトルの元に運ばれてきました。
ですが、そこでまたもや困りました。コアトルには、物を掴める身体が有りません。

世界のほぼ全ての学びは動物として生きてこそ始まる。

こうした話が宇宙では実しやかに囁かれていました。
まだ姿は見えずとも、他の星の化神たちもやり取りをしていたのです。
その仲間に、コアトルも加わらないか?と、お誘いがやってくる季節になっていたのです。

コアトルは、迷いました。

このままお誘いに乗るべきか、それとも、お願いされたあの問いを解くべきか。
***は、迷わずお誘いに乗る事にしました。きっと、コアトルも同じ気持ちだろう。そう、考えておりました。でも、迷っている様子のコアトルに、沢山戸惑いの気持ちを持ちました。

そして、コアトルは言いました。

「私は、この命の問いに答えなくてはならない。だから、一人で行って」

これだけの、簡潔なお願いでした。
ですが、***にとっては大問題です。今まで、一人になんてなった事はありません。
いつだって、コアトルが傍に居ました。それを、なんで今更独りぼっちに成らなくてはいけないのでしょうか?***は、それはそれは取り乱しました。
ですが、ここで***は想い出してしまいました。
己には、コアトルの目に映る姿形も無い事を。思いを伝える言葉すら無い事を。
だから、あんな簡素なお願いに込められた気持ちを知る事なんて、早々出来たものではなかったのです。それを、***も、コアトルも失念してしまっていたのです。
何故なら、今まで多少の不便はあれど、これでも良いと、そう感じていたからです。

***は、悩みました。

どうしたら別たれるなんて気持ちを撤回できるだろう?
コアトルに一体何があったのだろう?
どうして、あんな事、想うようになったのだろう?
何がコアトルをあぁさせたのだろう?

原因は何なのか。***は独り、その原因を知っていそうな者達に虱潰しにあたってみる事にしました。世界線や超えてはいけない次元だなんて、その時の***には知った事では有りませんでした。だって、彼の世界にとっての真に大事だったのですから。

沢山の神さまを見ました。
沢山の生き物を見ました。
沢山の命を奪いました。
沢山の命を救いました。
沢山の謎を解き明かしました。
沢山の神秘を目にしました。
沢山の―沢山の―沢山の―――――――

―――それくらい、冒険を重ねました。
それでも、コアトルがどうしてそうなってしまったのかは分かりませんでした。

記憶に有るのは、一緒に過ごした、懐かしい記憶。
温かくて、この寒い宇宙の中で、たったひとりの存在。
それを思い出すたびに、涙が止まりませんでした。
もう、あの頃には戻れないのでしょうか――?

そんな***の元に思いもよらない知らせが届いたのは、それからまた暫らくの事。
世界線の向こうから、コアトルが人間になったと、そんな知らせが届いたのです。
***は驚きました。自分が目を離した隙に、なんてことでしょう。
人間です。だって、他の者や生き物達ならまだしも、あの悪名高い人間です。
確かに、離宮の星の文明を築いたのは人間に似た姿の生き物ではありました。
ですが、人間とは内実が全く持って違います。己と蛇くらいの差があります。

どうして、人間なんかに。
***はショックでした。せめて、自分に、いいえ、知らせようが無い事は百も承知です。それでも。***は、悩みました。どうしたら、戻って来てくれるだろう?一体誰のせいでこんなことになってしまったのか。

コアトルが人間になったのは、学ぶためでした。
ですが、それを***は知りませんでした。
知らせる伝手など、コアトルには有りませんでしたから。

もし、お誘いを断ってしまったら?もう時間が無い事は判っていました。
だから、取り返しのつかない事になる前に何とかしよう。コアトルは、そういう考えの元、人間に成る事を選んだのです。学ばなくては、探せる身体がなくては。
あの時のコアトルは無いない尽くしでありました。あれこれ選んでいられるような精神状態では無かったのです。半ば”貴方しかいない”と持ち掛けられた気積もりに成っていたコアトルでしたから、すっかりその気に成ってしまっていたのです。

もっと落ち着いて考えれば判ったでしょう。
***だって、己にとっては掛替えの無い存在であったと。
お誘いを断ったところで、いや、***にちゃんと伝えるべきだったのでしょう。
伝える手段がないなら、もっと考えれば良かったのです。

後の祭りではありましたが、***は諦めませんでした。
人間になってしまったコアトルを探して、離宮中を探しました。
その中で、仲良くなった者など、誰も居ません。居様が有りません。
何故なら、***には、コアトルひとりが居ればそれで良かったからです。
でも、それでも助けてくれる者も中には居ました。
そんな急ごしらえの伝手を頼りに、到頭コアトルの元へたどり着いた時でした。

コアトルには、別の者が既に憑りついていました。
***はショックでした。またも、衝撃を受ける事と成りました。
でも、コアトルはすっかり信じ込んでしまっているようでした。傍に居る者が、***が姿を変えたモノであったと。同時に、***はホッとしました。
あんな姿に身を堕としてまで、コアトルは***の事を慕ってくれていたのだと。

それだけが、慰みでした。

それからは、***は決めました。一掃しておかないと、コアトルの傍には戻れない、と。
そこからは連戦連戦の日々でした。コアトルは中々信じた者から手を放そうとしない性分でしたから。そういう清い所も***が好きな所でありましたが、逆に相手取るとなると、こうも大変だとは努々思いもしませんでした。

ですが、到頭、***は気持ちを伝える事が叶いました。
相変わらず、姿は見えないままでしたが。
ですが、肉の身体を通してならば、コアトルは魂の中に納まっているのです。
肉の身体を通してならば、漸く念願叶ったりなのでした。

離宮を離れていた時は通じなかった言葉も、この地では通じます。
人間という者に身を堕としてはしまいましたが、それでも、コアトルは生きていました。
漸く、漸く、意思の疎通が取れる様になって、***も、コアトルも、安心しました。
これからが、この物語の始まり、始まり。

尾張すら 己が学びと 瀬なければ
空も 食わぬも 良いして世十也

始まり、始まり―――――
そして、めでたし めでたし―――――