私の生き方について。

私は人間だ。唯のしがない人間だ。
中流の家に生まれ、中流に生きて、中流に精神を病み、中流に社会復帰していっている。/唐鵙

だからこそ至れる道が在る。
その事を私は君に伝えたい。どちらの道にも寄りすぎては至れない道が在る。それを、唐鵙、君に伝えたい。/その他

神は”人間にとって”万能じゃない。
解りはしても、人間に手を出すべきでない事は沢山ある。
人間はその事をもう少し知るべきだと思うんだ、私は。/その他

神が手出しするのは、分岐。人生の転機において、より良く学べる道への分岐に、運の部分で手を貸すんだ。人事を尽くして天命を待つ、という言葉の言葉の通り。/Y
+-「そうでもないんじゃない?だって、+-「現世利益を叶えている者だっているし。」/Mi」それは、使い方を間違えると身を亡ぼすんだ。ちょっと怖いよ。/その他

話しが飛んでしまったけれど、私の生き方は何処まで行っても中流だ。これからの暮らしもきっと中流で、何かあってもそれは中くらいの出来事で、きっと中くらいに悩んで、中くらいに解決して、中くらいに元の暮らしに戻っていくんだろう。私は、そういう人生を送るのだろう。

でも、中流って大事だ。
中道に在りたい私にとって、それはとても重要な事なんだと思う。程好い加減に、という事が中道に在るには重要であるのだと、そう思う。
私は、自分で意図していなくても、何故だか中くらいの人生の流れに乗っている。それは、良いやらそうでもないやら解らない。今の所、人生は万事塞翁が馬で移行している。病院にも入ったが、それも無理しない生き方への門でもあった。不思議な心地だ。

私はこれからもきっと中くらいに可笑しな人間で、中くらいにマトモな人間として生きていく。どこで何をやっても、それはきっと中くらいの出来事で、世界にとってはあまり重要でなくて、既に出ている問題かもしれない。後追いの形で提唱する日々。それも、きっと中流だ。

中流に在る日々。でも、掛替えの無い生き方だ。私だけの、人生。
他の誰にも真似のできない、可笑しくて中程のほどほどな人生。
今日も、変えようのない時間が、私だけが生きる時間が過ぎていく。
命の時間は、今日も私の心臓から流れ出て、身体を伝って地球へと垂れ流されていく。何とも。ははは、可笑しいね。宇宙の中の、地球の塵の一つに戻る日は、はてさて何時に成るのやら。待ち遠しい訳では無い。ただ、気になるだけ。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。