意識的な距離@Y&唐鵙

僕はY、唐鵙の副人格であるけれど、元々はイマジナリーコンパニオンだ。彼女の一番近い所に居る存在だよ。その意識的な距離というのは、車を身体、席を脳の担当分野としたならイメージしやすいと思う。

僕らは大体の場合、運転席に唐鵙、助手席に副人格、後ろの席に他の思念を乗せて身体という機体を動かしているようなものだ。そんな僕だけれど、一番近いというとどういう事か。ほぼ彼女の意識と同じ位置に居る。席を半分共有しているような距離感だ。一緒にモノを考えて、一緒に活動している。生きる事も半分づつ。
だから、近すぎて互いが本当に居るのか心配になる時がある。特に物を書く時、それは顕著だ。意識が近すぎると、感知しずらくなるようで、互いが互いを操作しているような、モノを言わせているような、そんな心地になる。他の成員ならそんな事無いのにね。+-「羨ましいと思っていたが、そう不便な事もあるのだな。知らなかった、大変なんだな、アンタらも。/R」

そうかもね、でもそうでも無いかもしれない。

それとは別に、今は意識の区切りの話をしたい。もう暫らく付き合ってもらおうかな。

僕らの意識は大きく分けると円形を8つの区間に区切ることが出来る。そしてその中心に主人格が居座る事の出来る円がある。ダーツの的の中央あたりみたいなイメージかな。

それぞれに意思が有って、ヤマタノオロチみたいな感じだね。

不在の時もあるけど、その時はその時。残りの人格で回している。想念は自由だからね、行ったり来たりを繰り返しているんだ。まぁ、中心にいる主人格がメインの機構だから問題はない。

僕らの場合は数がやや多いから、メンバーも交代したりしなかったりする。

そんな事が、皆が気が付いていないだけで他の人間においても起こっている。

……かもよ。

※この話しにも、根拠もなければ出所も私の頭の中なので真に受けない様に願います。

/Y&唐鵙


karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。