陥りがちなネガティブ思考。

良く陥る事、簡単な事しか出来ない己に失望の日々を繰り返す事。
テレビやパソコンをつけてみれば自分よりも大事な事を成している人はごまんと居て、何が学びだ、何が悟りだ、と思ってしまう自分がいる。そう、何時か日々の時間を無駄に過ごして来た自分には厳罰が下るのだ、という妄想に憑りつかれてしまう。

卑下するな、と副人格の面々は言ってくれる。だが、それすらも己の一部だからなのではないかと妄想に陥る。だって、彼らは優しい。私も優しいではないか、とやはり彼らは云う。こんな事も、一晩眠ってしまえば薄れ消える思いなのだ。

そう思うと、この投稿すら無意味に思える。今どれだけの人が無力感に苛まれているだろうか。己より立派な他人はそれこそ星の数ほどいるのだ。

/唐鵙

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こういう時はそっとしておいてあげるのが一番だよ。言葉の一つ二つを渡してから。
なぜなら、唐鵙、自分が立派な事をしなければ他人に認めて貰えない、なんて思考に憑りつかれがちだからだ。それこそ妄想なのにね。何より立派な人間でなければ自分を認めてはいけない、なんて考えを持っているのが問題だと、僕は思うんだけどね。
人生は一人に一つ。その時間を何に使おうが、どう過ごそうが、個人の自由だ。因果応報が持つ意味は何も自業自得的なものだけとは限らない、と思う。というか、唐鵙は確かに色々な学びを得てきた。その種類が受動的で、かつ人間の心に特化していただけだと、そう認めればいいのに。意識が近い。本当は唐鵙もどこかでそう思っている筈。だからね、唐鵙。もっと自分の事を認めてあげよう。もっと愛してあげよう。
/Y

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。