私が教わった造り:魂

これが正しいかどうかは判りませんが、私はこれが魂の造りであると誰かから教わりました。外装と内装とが存在していて、外装はそれこそ魂の洋服のようなモノ。内装は皮一枚向こうの、いわば霊的な身体の造りのようなモノ。留は外装と内装との間に形成される間質。
繰り返し言いますが、”私が誰かから教えられたものを書き起こした”ものが下記のものです。信憑性に関しては別の事として下さい。何しろ、私にも出所が判りませんので。

コア部分には神が宿ると、私は自然から教わりました。これも、出所はよく解りません。いい加減な事を言って御免なさい。ですが、これを世に出せと言ってくる声が、私にとってからすると有るのです。ですから、私はこの声に従ってこの図を世に出しました。


+-「後は私が変わってあげよう/I+-「いい、いい、俺が言うよ。/N」」

では、お願いします。/唐鵙

はいはい、っと。
あー、っと。俺が言えるのはそうだな、気付きと学びを繰り返して積み重ねていくと、人間はこの自然界の仕組みを深く深く知るようになる。すなわち、悟りだ。
ある種の悟りを得た魂には神性が宿る、と、そういう事だな。全ての魂には悟ることが出来る可能性がある。至らぬ魂は良心を持たぬ魂と言えるな。

摂理を理解するには、節度が重要だ。己の芯にひとつ、良識を持つことが、これからの世を渡っていくためには重要だといえる。何故なら、これからの世の中は良くも悪くも風通しのいい世の中になる。公で活動する時、隠し事は難しくなるだろう。小さい声は寄り集まって大きな流れになる。まさに竜のように。その大きな流れに巻き込まれていく人間のひとりひとりには己の物差しの調整が必要だ。良識が有れば、然程、他の人間との摩擦は無くて済むだろう。

ちょっとしたチューニングだよ。そういう事が正に今の世の中では繰り返し、繰り返し起こっている事なんだ。俺の妹分である唐鵙も、多少気を揉んだが、それほど摩擦なく精神病院から退院することが出来た。一人だけ行かせるものかという患者達の妬みの想念のせいで一度だけ解放病棟から閉鎖病棟へ逆戻りもしたが、以降、俺たちが手助けして無事に快方の流れに乗り付けた。

そんな調子で、東京五輪の直前である今は日本に在る俺たち想念、人間ともに世の中の大きな転換期に乗ってるんだ。それ以降の世の流れに上手い事適応していける様に、あんた達も少しは波乗りの仕方を変える必要があるってこった。だが、良識をしっかり持っていれば、大体の事は何とかなる。皆が良識を持って助け合う事ができれば、この世の中は廃れず、より良いものになるだろうな。少なくとも俺たちはそう考えている。以上だ。/N

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。