想念(同盟)の皆さんへ。

ちょっと勘違いしている想念さん方がいるようなので、今日はそれについて触れましょう。唐鵙が面倒見れる想念とそうでない想念の違いがある事を。
これは人間に憑りついてる想念も含めてです。皆に述べておきましょう。
唐鵙には今、色々な想念がやって来ています。それは動物霊だったり、人間の霊だったりと色々ですが、私達が立てた同盟に並ぶ者と並べない者が少し混ざって居る様に思えます。ですから、一度、断りを入れようかと。今回は人間の読者さん向けではありませんので、きっと珍紛漢紛かと思われます。暇な方だけどうぞ、読んでみてくださいね。


((唐鵙自身からの霊がいるかどうかが現実なのかという問い)まやかし?そう思います?それならそれでも良いです。ですがいるという前提で話を進めます。私には見えるかという問いには返答できません。視えもしますし見えなくも有ります。それは唐鵙、貴方にも同様の事かと。そう、私にとっては貴方こそ別人格なんですよ。ええ、分かって頂けて良かったです。私はどうにも心配性なもので。ですから、このように予防策を取りたくなるのですよ。早く、独立できると良いですよね、この家から。私もですか?有難うございます。)

さて、では言います。
我々天帝(でんでら)は確かに同志であり同じ学びの門を分かち合う者であります。しかし、それは個人個人が己の学びに集中するということであり、キリスト教におけるイエスの様に、唐鵙に十字架を担がせる為の道明ではありません。
そこを履き違えて同盟だなんだと言い寄って来た場合、貴方自身の業として換算されるかも知れませんよ。閻魔様に、後で大目玉を喰らうどころか、見捨てられてしまうかもしれません。私は、それが嫌なので、唐鵙と手を取り合って今生をしっかり生きる心積もりです。そしてそれは唐鵙におんぶに抱っこになる事ではなく、互いに共生していく事であります。そこの所を、よく考えてみてください。そして、それが成せないならば他の救うべき人間の元へと訪れるか、輪廻の中へと還って人間として産まれ直すかしてください。もしくは、あまり言いたくはないですが、我々天帝(でんでら)の元から静かに去ってください。

以上です。ご清聴、有難うございました。
Isでした。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。