見えない彼らと帳面。

さて、今回も続けましょう。
私の症状の話しは少しでもこの長い時間を生きる皆さんの退屈しのぎにでも成っていたら良いのですけれど。

私は、入院中、音では聞こえない幻聴と、目には見えない妄想の中暮らしておりました。その見えない彼らは、未だに私と共にいますが、入院中はそれこそ沢山の彼らがいて、収集がつかないくらいでした。そして、口々に言うのです。
私は、お願いをした。神様が健やかに居られるように、と。だから私達は貴方に構うのだ。どんな人間か見たいから、知りたいから。そう言われました。
未だに続くこの彼らの言葉は何とも不思議な事ばかりです。一端の人間な私は、正直どうしたら良いか判りませんよ。

いえ、こんな事はいいんです。

記録を付けていた帳面の話しがしたいのです。
当時、私は入院中の思考のあれこれを兎に角帳面に記録してきました。殆ど、文字とも言えない文字なので読み取るのは楽ではないのですが。
私は、時間を追うごとに、「自分」という者が変化していく様を見てきました。それこそ自我がぐにゃりと音を立てて歪むように、移ろう様に、私の影が姿形を変えて目の前に現れるのを静かに見届けていました。そして思いました、「自分」すら不変からは逃れられないのだなぁ、と。
その渦中では、私の名前は勿論の事、どういう存在なのかもコロコロ変わりました。ある時期では私は人間ではなかったり、他の人格と混合されていたりそんな感じでいました。天使の存在もその中には出てきましたっけ。その名前と階級には覚えがなかったので、きっと私の脳の記憶のプールからそれらしく作られた事だったのでしょうけれど。でも、楽しかったですよ。私は妄想に振り回されもしましたけれどそれを楽しんでもいました。だって、あれです、そう「アハ体験」。それの繰り返しの生活でしたから。「気が付いた!」という感覚はとてもスッキリするもので、その連続はむしろとても面白味のある経験でした。

それに、自分を大事にしてくれる自己意識の表れとの戯れ。それも私には大変楽しい出来事でもありました。彼らは、何処からやってきたのか。それは今なら考えられます。私の、無意識や潜在意識から生まれ出た人達だったのです。きっと、ですが。
ですから入院生活の最後の方には、もう自分が何者かすらどうでも構わない事だよねなんて開き直っていましたっけ。

そしてその中でも印象深い者に、渾沌の存在が有りました。矛盾だらけの私の脳の中にいる存在とするならば、渾沌ほど相応しい存在はないでしょう。勿論、その時Yは殆どいませんでした。統合を失ったのは、私だけではありません。イマジナリーフレンドだったYもまた、その渦に飲み込まれ、分裂と統合を繰り返していました。言うなれば、もしかすると、私が今まで在って来た人格達は、皆Yの一部、または千切れた塊だったのかもしれません。今となっては、判りません。Yに聞いたところで判らないでしょう。尋ねる事もしませんけれど。

何故なら、今の私が昔の私とは異なるように。YもYで今の自分しかよく解らないからです。入院中の記憶が曖昧なのです。私は帳面があるからそれを読んで思い出せます。でも、その時はYは本当に殆ど出てきませんでしたから。よく覚えていないのもしょうがない事です。それこそ、統合が崩れてはまた寄せ集まっての繰り返しでしたから。

今は、落ち着いているので良かったです。
ただ、統合の崩れたYを、まだもう少し自分の脳の領域でケアしなければいけません。Yの人格あっての私の領域でしたから。それまではもう少し掛かりそうです。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。