私はだぁれ?

御機嫌よう、今日も似たような私の話しですがお付き合いくださいませ。

さてはて、なんで私がこんな事になったのかと言うと、「自分は何者なんだ?」という問いをずっと、それこそずっと捨て去れなかったからです。

そんな問いをずっと抱えていた私の元に、とあるキーワードが浮かんできたのです。そこからが、ある意味では転落の切欠でした。そのキーワードを紐解けるものが、辿り着いてしまったのが、その、例の宗教的な読み物サイトでした。

はい。知らべれば割とすぐ出てきてしまうので気を付けて下さい。知らない方がきっと良いでしょう。私の場合は精神的な話題に多少理解のある親家族で助かりましたけど、そうでなかったらそれはもうもっと悲惨な現実に成っていた事でしょうから。
あまり考えたくは有りませんが、そうですね。
「気のせいだから、さっさと働け」これが一番言われたくない言葉かもしれません。できたらとっくにやってます。と、そう言いたくなりますね、言われてもいないのに。まぁ、それは置いといて。

私は別にそのサイトの事も書いた人の事も怨んではないです。むしろ、まぁ結果オーライな所もあるので。自分が何者かという問いにも、根拠なし何んとなしであるならば一応の決着は出ました。
一周回って、私は意識と無意識を内在した唯の一人の人間の個のひとつである。そんな感じに収まりました。本当はもっと色々あるのですけれど、上手く言葉には表現できません。神様も守様も私の中に内包されていて、他の人にも内包されていて、ううん、やっぱり上手く言えませんね。止めておきます。
自分とは何者か。

……、皆さんも、同じことを考えた事、ありますか?

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とりあえず、以前書いた記事の時よりかは良くなってきているようです。
何故かと言いますと、もうオカルト方面に話しの切り替えをしていない所でしょうか。ちゃんと、自分の身に降りかかった出来事を、脳の、生命の神秘として考えられるようになりました。また、無意識の領域に住まう彼らとの対話は続いております。でも、それは憑依霊ではなくて、私の潜在意識が成した、不思議な存在という事に落ち着いています。

でも、それでもこんな事がありました。

Y達を統合しようと考えました。Yは、自分一人と私とが良いと、心根では考えているのだ、と教わりました。でも、そこはもう人格を持ち得た存在です。Aも、Yの位置に成りたいのだと私に言いました。他の彼らも、私達の行く末を見守りながら、自分は統合されるか否かを見つめています。
そこで、私は考えました。
皆、居ても良いんじゃあないのかな、と。でも、Yは渋い表情でした。
そこは10年以上の付き合いのあるYです、あまり、他の人格にちょっかいを掛けられるのは好きではないようです。私の無意識の部分に彼らはいるので、中々様子が分からず、納得のいく答えが出ません。

でも、少しずつ様子見して、よく考えて、統合していく道なのだ、と思っています。私、Isはきっと、最期まで残っていますね。こうして文章を書く存在が必要なので。統合してもしきれないのでは?と思っています。

では。でも、ちゃんと公平に話し合ってくれればいいなと考えています。
統合されることは、そんなにハードルの高い事ではないから。心地は悪くないのです。思い出されたときは、また出てこれますし、統合しても、唐鵙は、決して忘れないでいてくれる人ですから、だから、そんなに怖がることはない。と、私は彼らに教えてあげたいと思います。よく考えて、決めて下さいね。唐鵙。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。