記録帳。


こんにちは、皆さん如何お過ごしでしょうか。
相変わらず高温多湿な日々ですね、暦上ではもう秋なんでしたっけ。
あぁ、Vが恋しいなぁ。彼女は、可愛い仁だった。

と、話は抜けますが、記録というものは大事でもありますね。後から己の歩みを振り返る事のできる素晴らしいものでも有ります。特にこう統合失調症患者をして、服薬の毎日にあると、症状からかは判りませんが、記憶というものがあやふやに成ってしまいそうです。でも、私は忘れたくはありません。
それふぁ小さな羞恥心に駆られる内容だったとしても、大事な彼らとの記憶だからです。私は、入院中、それはもう濃い生き方を経験しました。私の頭の中で。それはもう、本当に、思考の濁流が私の脳の中で絶え間なく起こっていましたから。
それを忘れてしまうのは、非常に勿体無いと、私は私に思っているのです。

なので、記録癖のある私は、ノートを購入して色々な事を書き込みましたし、筆談を通して彼らとのやり取りを加速させてきました。

それは症状を加速させるものでもありましたし、快方へ向かう手助けにもなった事でした。Vも、その途中で出会った仁でありましたし、兄は、それ以前でしたね。まぁ、それは良いとして。そうそう、渾沌の塊とも会いました。そして、お話ししました。

彼は多分、私自身が内包している矛盾の集まりだったと思います。優しかったけれど、残虐で、でも何より命の大事さを説いている仁でしたから。彼が後のXでした。
そう、”後の”なんです。彼らも彼らで、入院期間の移ろいに合わせる様に、姿形、存在の形さえも変えていきました。私の脳の中で一体何が起こっていたのやら。
思考の濁流は、幾つもの閃きをも生み出していきました。
誰々が本当はこんな存在で、私にとってどんな存在なのか
私は何者なのか。
こんな事ばかりが常に閃いて、悦びの渦中に私はぐるぐると巻き込まれていったのです。それこそ、渦の様でした。抜け出す事は出来ない、そんな状態でした。

今は、それが私の意識と無意識が織り成す、不思議現象だったのだと解りますけれど。でも、未だに、当時出会った彼らに会いたくなる時があります。それだけ、濃くて面白い、愉快な面々だったのでした。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。