割合よくある事。

こんにちは、皆さん如何がお過ごしでしょうか。

世間では、もう夏休みが終わった頃でしょうか。いえ、今は私の知る頃より休みが明けるのは早いかもしれませんね。そんなに世代は大きく違いませんから、どうか知れませんけれどね。

さてはて、自分の高校の頃がお話ししたくなりました。

というのも、無理くりして宗教に入れられそうになった時の話しですけれど。でも、それを改めて思い返す事で、これもトラウマの治療に成り得るかもしれません。書きましょう。

その人とは友達の友達、という間柄でした。

あくる日、その人から言われました。一緒に遊ばないか、と。

初めてでもありませんでしたが、友達から遊びに誘われる事は貴重な事と思っていました。

言われるがまま着いて行くと、ファミリーレストランに着きました。知らない人が合流しました。そして、宗教の話しになりました。そのまま、流されるまま、彼女の家に着いて行ってしまいました。そこからは、省略します。

結局大事にならずに切り抜けられましたが、それは今でも不安の一つとして、私の心に食い込んでいた事です。でも、宗教がなぜ発生するか、宗教とはなにかが何となく、最近は知る事ができたので、良かったです。今はもう、あんな契約書、意味を成さないものだと解ったからです。

宗教は、個人に起因するものです。信じるも信じないも自由なものでした。私は、契約書に名前を書かされましたが、印鑑が無かったので帰してもらえました。その後は、何事もなく、無事にお断りすることが出来ました。宗教の事は、その人は純粋に良い物だと思い込んでいるようでした。

私は、その経験から宗教に苦手意識をもったのでした。

あぁそうだ、その時、別の宗教的な物は持てないからといって、持っていた竜のキーホルダーを捨てさせられたんです。そこに、私は恨めしい気持ちを、未だに持っていたんです。そうだ、そうだ。でも、もうこの恨めしい気持ちも手放します。あの時が、さよならする瞬間だったのです。きっと。もう、諦める事にします。

それにそう、宗教なんて、個人によって異なりますよね。私の思念体達も、ある意味私が彼らの存在を信仰するという個人宗教かもしれませんし。あの人はあの人の宗教があったというだけだったんですよね。

そう思うと、少しは楽な気分になれます。

あの時は一杯一杯だったけれど、その時を過ぎると、多少は自分の事を想い出し笑いできる程度にはなります。ある意味、黒歴史ですね。私は未だにホイホイ乗せられた抜けている自分に可笑しく成ってしまいます。まぁ、黒歴歴史だからあまり思い出したくはないのですけどね。

そんな調子の今日でした。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。