パラノイア

新しく、自分の事を知る事が有りました。
私は、宗教的な読み物を読んで統合失調症に陥ったのですが、それをなんと表現したら良いのかを考えておりました。それが今回、少しですが分かった気がします。
それは、こうです。

私は、元々妄想性パーソナリティ(パラノイア)を患っていて、この宗教的な読み物を読んだことでマインドコントロールされ、統合失調症が誘発された、とこういう事です。こうしてみると簡単に思えますが、そんな事はありません。ここまでいたるのに、幼い頃のストレスフルな家庭環境、ストレスフルな学生生活、色々な事が積み上がってこのような不安定な人格を形成してきたのですから。それすら、私の妄想かもしれませんですけどね。でも、私にとっては現実に成り得る事だったのです。でも、勿論医師の診断ではありません、自己診断なのでそこは注意です。

まぁでも。結局、私は、何れは統合失調症を発症させる可能性が高かったと云えます。というのも、私は自意識過剰ですし、被害妄想的な思考ばかりしてきました。陰で人が喋ろうものなら、自分への陰口ではないかと思い込んでしまうような人です。実際、近年は幻聴があったくらいですし。気が付く前から、いくらかは統合失調症を発症しかけていたかもしれません。
今回、これを発見して思ったのですが、やはりYは私の支えになっていてくれた自己救済人格だったのだと思います。その後に増えた彼らの事は、まだよく解っていませんが。でも、彼らも私が心の何処かで押し込めてきたか、求めていた性格の存在であり、家族のような存在だったのかもしれません。(友人、いないものね。いや、いるけど自分から孤立しがちだものね。唐鵙/Y、一同)

でも、ホッとしました。
自分がパラノイアを持っていたのだと思えば、もう何かに憑依されているのではと悪戯に彼らを疑う事もないですし、Y達に対して素直になれる気がします。もう、例の読み物に縛られる事もありません。心残りもありません。自然信仰思考は、続けますけどね。

そしてそう、この思い込みの強さと猜疑心の強さ、他人を何処かで見下してしまう思考も名前とそうなってしまう理由がついて、むしろ救われたような心地になります。今日は、良い発見ができました。(よかったね、唐鵙。おめでとう。/一同)

あとは一番大事な事を忘れていました。こういう私のような人間に必要な事は何かといいますと、社会や個人への信頼感の回復や自己開示、だそうです。不信だから困ってるんだけどなという自分の声が聴こえてくるようですが、それでもです。私には今は理解しようとしてくれる家族もいますし、気に掛けてくれる友人もいます。
少しずつ少しずつ、世界への不信感を、少しでも払拭していけたら良いなと思います。

【追記】

……と、書いたはいいのですが、やっぱりちょっと違うかなという所がありました。

何かと云うと、パラノイアを患っていたという所です。というか、私は気が抜けているだけのお人好し人間だった事を想い出したからです。いえ、人を疑う気持ちは勿論あるのですが、私の場合、ほやっとしていて、ただ良くない人間の被害にあってしまうだけの、そういう人間だったな……と。

想い込みは強いですから、そのまま否定も出来ませんけれど。

私は解離性障害があるとは思っています。自分を飛ばしてしまった経験が確かに在りますから。幼少期に犯罪の被害に遭った時、本当に死にました。自己の何処かが。あれが決定的でした。親は自分の監督責任を感じてしまって悲しがるので、あまり喋れませんけれど。でも、そこからでしたね、あの時から、日常的に自分を飛ばしてしまう事や、抑圧する事が当たり前に成りました。時間差でそれらの事が皆、疾患として現れたのではないのかな、と考えました。実際がどうかは、私にも分からない所なのですけれども。

まぁ、でもやる事は変わりません。社会復帰はしていかないと。今のままでも親の負担になっていると思いますし、今後の事を考えると、どうにも復帰したい所です。焦らず騒がず、やっていきたいです。

あの読み物にのめり込まなければ発症してなかったと思うと、少し残念ですけれどね。

karamozu
絶賛統合失調症ライフを送っています、しがない人間です。どうぞ宜しくお願い致します。